耳と音楽
割と最近まで音楽を好んで聴くということがなかった。
小さい頃はどこかに出かける時に車の中で親が音楽を流している理由が全く分からなかった。流れているのは必ず歌の付いた曲。いわゆるJ-POP。それを聞くことの何が楽しいのか分からなかった。厳密に言うと分からないというよりも知らなかったのだと思う。
ピアノを弾けるようになってからはクラシックが好きになった。小学生だった時間の半分ちょっとくらいの期間しか習っていなかったけれどいい思い出として残ってる。電子辞書を買ってからはクラシック名曲1000フレーズでクラシックを聴いていた。電子辞書なので音質はガビガビ。でもその時は自分専用のパソコンもウォークマンも持っていなかったのでその音が自分の中での最高音質だった。自分が唯一音楽を聴けるのは電子辞書と、それから自分の弾くピアノだけだった。クラシック名曲1000フレーズは一度端から端まで全部聴いた。ただしオペラとかオペレッタとか合唱曲とか声楽曲を除いた全部。人の声が入った曲を聞くのはどうも苦手だった。
自分のパソコンを買ったあとも、スマホを持ったあともしばらくそんなだった。パソコンがあるのに電子辞書のガビガビ音質でクラシックを聴いていた。
そしてたまに衝動に駆られてピアノを弾く。一冊まるまる本の最初から最後まで弾いて、そのあと一番最後は必ず決まった曲を弾く。クラシックではない、ある合唱曲の伴奏部分を弾く。今でも衝動に駆られてピアノを弾く時があるけれど必ずその合唱曲の伴奏で締めくくる。それから小学生の時によく聞いたお辞儀をする時のあの『じゃーん、じゃーん、じゃーん』というフレーズを鳴らして気を抜いて終わらせる。
自分の生活の中の音楽と言えばそれくらいのものだった。ボカロにはまっている友人もけっこういたけれどそれをおすすめされた時は音楽を聴く習慣もロクになかった頃だったので、正直ボカロの良さどころか歌のついてる音楽の良さすら全く知らなかったのでした。そう、そもそも歌の付いている曲の良さが全く分からなかった、知らなかった。歌のない音楽しか聴けなかった。作業用BGMというものもよく分からなかった。割と最近まで絵を描く時も文字を打つ時も無音にしていた。文字を書く時もいまだに無音がほとんど。時計の針の音すら聞こえるのが嫌だった。人と話しながら絵を描くのは割と好きだけれど一人で絵を描いているときに音がするのは嫌だった。
割と最近までそんな感じだったけれどそこから転換したのは一年半くらい前にコロナ禍で空いた休みに暇をキメていて、さすがに時間がもったいないなと思っておすすめされてたゲームの実況をイヤホンを繋いでパソコンで見たのがきっかけ。それまで電子辞書の音質が自分の中での最上だったような奴がパソコンにイヤフォン繋いで音を聞いたところ科学の進歩を勝手に感じました。そのゲームのBGMが良かったというのもあるけれど、いや、本当世の中こんないい音があるんだな!はは!と思いました。ちなみに筆者はゲームも全くしない。
そのあとその実況を全部見終わったあとに流行りの曲をYouTubeで聞いて普通にめっちゃ感動した。多分そこで何か変わった。
はれて歌の付いている音楽が聴けるようになったのでした。
人に勧められた曲からあっという間に沼に引きずられ「この人の音楽好きだな~」みたいな気持ちも味わった。ライブに行きたいという人の気持ちが全く分からない人間だったけれど今更なんとなくわかった。ライブ、行ってみたいよな。嫌なことがあった時に音楽を聴くキャラクターがよく分からなかったけれど今ならよくわかる。最近、小説の描写に音が入るようになったのはそういった事がきっかけ。音が耳に響いてくる感覚が楽しい。
さらにはスマホを持って以来空っぽだったプレイリストの中に曲が入った。それが一週間前の話。初めて曲を買った。初めてスマホに曲が入った。パソコンにも同期させた。絵を描く時に音楽を聴くようになった。ようやく電車に乗っているときにイヤフォンで耳を塞ぐ人になることができた。一番じわじわ感動したのはこれ。電車の中でイヤフォンで耳を塞ぐ。いままでそんなことしたことがなかった(スマホが空っぽだし動画もみないし本を読んでいたし)。人間社会にやっとなじむことのできた別の星からやってきた生物の気分。文字を書く時も小さい音なら音楽を鳴らしていても平気になった。寝る時に加湿器の音がしているのすら嫌だったり、とにかく音を聞きたくなかったので耳を塞いで寝ていたりしていたけど今では歌聞きてえ~と思ってスマホを枕元に置いて歌を流しながら寝てる。
歌付きの音楽が好きじゃなかった頃の自分は一体何だったんだろうなとまで思う。歌はとても良いものだった。今じゃもう聞いていないとやってられねえみたいな時がある。今だって曲を聞きながらこの記事を書いている。歌はとても良いものだった。
もしかすると自分は最近になって耳という部位が取り付けられたのかもしれない。
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